『甘い薬害』弁護士の腐敗

林田力

本書(ジョン・グリシャム著、天馬龍行訳『甘い薬害 上下』アカデミー出版、2008年)は弁護士の経済的成功と転落を描いた法廷小説である。著者のグリシャムは米国法廷小説の第一人者とも称すべきベストセラー作家で、『ペリカン文書』など映画化された作品もある。

米国の弁護士の拝金主義の醜い実態を赤裸々に描く点がグリシャムの特徴の一つであるが、本書では特に強烈である。自家用ジェット機など同業者の拝金主義と浪費を軽蔑していた主人公のクレイ・カーター弁護士も次第にのめり込んでいく。良心を麻痺させ、人間を変えてしまう金銭の狂気が描かれる。

私は東急不動産から新築マンションをだまし売りされ、裁判で売買代金を取り戻した経験がある(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、2009年)。この経験があるために醜い金儲けに狂奔する拝金主義を軽蔑する。しかし、弁護士の金儲け主義という問題点を認識した上で、消費者問題の裁判経験者として米国の司法制度に尊敬と憧れを抱いていた。

米国では集団訴訟や懲罰的損害賠償、民事陪審など悪徳業者に厳しい制度設計がなされている。売ったら売りっぱなし、不正のやり得を許しがちな日本とは雲泥の差である。不正の追求者に私益の面があるとしても、それを米国では社会正義の実現に役立てている。この点はプリウスのブレーキ欠陥などトヨタ自動車の大量リコール問題での日米の差として分析した(林田力「【オムニバス】米連邦大陪審も証取委もトヨタ自動車に召喚状」JANJAN 2010年2月24日)。

ところが、本書では悪徳弁護士の弊害の大きさを明らかにする。自己の利益のみを追求する悪徳弁護士は相手方当事者や依頼人など関係者全てを不幸にする。日本人にとって恐ろしい点は、これが対岸の火事ではないことである。確かに日本の弁護士は自家用ジェット機を購入できるほどは荒稼ぎしていない。

しかし、司法試験合格者の拡大や法律事務所の広告規制緩和により、弁護士の拝金主義・質の低下は進行している。これは宇都宮健児氏が当選した日弁連会長選挙の争点の一つのなるほどであった(「【オムニバス】宇都宮健児氏、日弁連会長選挙当選の要因」JANJAN 2010年3月11日)。

マンガ『クロサギ』原案の夏原武氏は「モンスター弁護士」という言葉を用いて警鐘を鳴らす(林田力「宇都宮健児日弁連新会長の課題はモンスター弁護士の排除」PJニュース2010年3月27日)。NHKのドキュメンタリー番組「追跡!A to Z」でも2010年9月4日に「正義の味方はなぜ堕ちた?〜急増する弁護士トラブル〜」と題して弁護士トラブルを特集した。

米国と比べるとスケールは小さいものの、社会正義を放棄し、自己の利益のためにデタラメな主張を繰り返すモンスター弁護士は増えている。むしろスケールが小さいからこそ、普通の人々が悪徳弁護士に巻き込まれ、苦しめられる危険が高い。

そして日本では2010年6月に恨まれた弁護士が刺殺される事件が起きた。本書の宣伝文句は「日本の明日が見えるアメリカの今」である。まさに本書は日本社会への予言となっている。

暗澹たる現実を描く本書の救いは悪徳弁護士の不正を糾弾する女性弁護士である。妥協を排し、正義を貫く彼女は清々しく、弁護士の理想的な姿である。本書は主人公の自分探し的な形でまとめようとして結末に御都合主義的な点が感じられないでもない。この点で彼女を主人公としたならば勧善懲悪的な意味で完成度の高いストーリーになったと思われる。勿論、それが娯楽小説として面白いかは別問題である。

彼女のような弁護士の不正を糾弾する弁護士という存在こそ、仲間内でかばいあう日本の法曹界では徹底的に欠けているものである。問題を抱えているとしても、米国に学ぶことは多い。日本社会の後進性を改めて実感した。


     
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