『海賊とよばれた男』

林田力

百田尚樹『海賊とよばれた男』は出光興産の創業者・出光佐三をモデルにした小説である。主人公・国岡鐵造は、どのような商人になりたいかと聞かれて「中間搾取のない商いをしたいと思っています」と回答した。現代日本で問題になっているブラック企業経営者の対極に位置する。終戦後の混乱期にも一人の社員も解雇しないなど古き良き経営者としての気概を示している。

但し、ブラック企業は日本的経営の延長線上のものである。本書にもブラック企業の萌芽はある。計画では2年かかる製油所建設を国岡の「何としても十ヵ月で完成させろ」との号令により、十ヶ月で完成させたエピソードがある。心労で5キロ痩せたメンバーがいる。また、後半のメインである日章丸事件も「国家のことを第一に考えよ」で、船員の安全を二の次にしているのではないかと辛辣に評価することも不可能ではない。

書名の『海賊とよばれた男』は福岡県の門司で石油販売会社を開業した時のエピソードに由来する。卸売業者と「対岸の下関では販売しない」という協定を締結していたが、国岡は伝馬船を使用し、海上で下関の水産企業に販売した。当然のことながら抗議を受けるが、国岡は「海上の販売であり、下関で販売していない」と突っぱねた。この伝馬船のエピソードから海賊と呼ばれるようになった。

現代の価値観では卸売業者による販売地域の制限は不公正な取引方法になり得る。国岡の行動は支持できるものである。協定に守られた既得権に胡坐をかく人々に海賊と罵られることは、むしろ誇ってよい。同じ悪名でも東急グループ創業者の強盗慶太とは大違いである。国岡の論理は脱法的であるが、脱法ハーブ(脱法ドラッグ)や脱法ハウスのように法の隙間で悪事を働こうという卑怯さはない。既得権への反発は戦後も健在であり、国岡は官僚的な石油配給公団や、旧体質の石油業界とやりあった。

後半のメインは日章丸事件である。イランはナショナリズムの高まりから石油国有化を断行し、利権を失った英国らはイランを孤立させようとした。これに対して国岡は「イランの苦しみは、わが国岡商会の苦しみでもある」として、極秘裏にタンカー日章丸を送り、イランから原油を購入することに成功する。

著者の歴史認識などの発言が物議を醸しているが、それで相手を全否定する左翼教条主義は支持できない。「安倍死ね」は表現の自由で「在日韓国人出て行け」はヘイトスピーチという二重基準に正当性はない。仮に著者の歴史認識に否定的であっても、本書を面白く読める理由は英米中心の国際秩序への反骨があるからである。その立場から同じように帝国主義的支配に虐げられたイランとも共存共栄を志向する。

左翼もアメリカ帝国主義を批判してきたが、それがソ連共産党万歳や中国共産党万歳の立場からならば別の支配に取って代わるだけである。そのようなものならば戦後レジームを打破することが歓迎される。むしろナショナリズムこそ自主独立や国際的連帯の可能性を見出すことができる。自国の独立を大切にするナショナリズムは他国の独立も尊重する。自己の正義を他者に押し付ける左翼教条主義とは異なる。

実際にはナショナリスティックな歴史認識を唱える人々が安全保障政策などでは対米従属・属国化を進めているようにしか見えないことがある。ナショナリスティックな論調に対して本物であるか、雇われ右翼に過ぎないか注意深く吟味することは必要である。あくまで一つの作品として本書を評価するならば、反骨精神に裏打ちされた健全なナショナリズムが存在することは認められる。




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