『平常心　なにがあっても折れないこころの育て方』

林田力

保坂隆『平常心　なにがあっても折れないこころの育て方』（実務教育出版、2015年）はメンタルヘルスに関する書籍である。著者は慶應義塾大学医学部出身の精神科医である。本書は平常心を保つことの価値や方法を説く。力みすぎると逆に失敗してしまう。平常心で臨むことがベストパフォーマンスの発揮になる。

本書は頑張りすぎないことを主張している。これは非常に重要である。日本には頑張ることを美徳とし、他人に頑張ることを強制する悪癖がある。それがブラック企業や過労死を生み出し、人々を苦しめている。興味深い指摘は、メタ認知である（94頁以下）。自分を外側から客観視することが落ち着きを取り戻すと指摘する。ブラック企業やカルトに最も欠けているものだろう。

厚生労働省は2014年度の精神疾患の労災認定が過去最高になったと発表した。日本社会には本書のような書籍が必要とされる背景がある。一方でメンタルヘルス関連の書籍には注意を要する。どのような理不尽な目に遭っても耐えて頑張ることを要求する特殊日本的精神論を繰り返すだけの書籍もあるためである。うつ病患者に「頑張れ」と説教するようなものである。それどころか「自分の心の問題」とすることで、ブラック企業などの構造的な社会悪から目をそらさせる有害さもある。ブラック企業に働き続けられるような強い人間を作ろうというような主張は好ましくない。

その意味では本書のサブタイトルにある「なにがあっても折れないこころの育て方」という表現も警戒させられる。しかし、本書が基本的に頑張り過ぎないというスタンスであることは前述の通りである。

また、著者が精神科医であることを踏まえると、心の持ち方によるメンタルヘルスを説くことには意義がある。現代日本の精神科の治療が薬漬けという問題があるためである。医師の処方があるといっても本質的には麻薬と変わらず、依存症の危険がある。その意味では著者のメンタルヘルスのアプローチは健全である。

本書は朝日を浴びることは医学的に効果があると指摘する。「朝の光が視交叉上核まで届くと、その刺激によって体内時計がリセットされます」（131頁）。隣地に高層マンションが建設され、朝日が入らなくなった家の住民が健康を壊したという話を各地で聞いたことがある。その理由が分かる説明である。

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